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2018年10月19日 ARAKI-CHO  FOODS & DRINKS

外国人記者と行く、荒木町夜更かし散歩⑦ ~「ちゃんこ 心山」の巻

おひさしぶりです。フリー編集者のシゲです。かつてこの近くの編集部で10年過ごした私が、あらためて荒木町の魅力を探しに外国人記者と散策します。今回は久々に会うデヴィッドと、老舗のちゃんこ屋さんに伺うことに。ここは全国でも珍しい、カレーちゃんこが人気のお店。車力門通りを新宿通りから入って荒木公園のクランクの一つ_手前の路地を左に入ったビルの2階にあります。2階なので店舗が通りに面していないわけですが、目立つ看板があるので、この一帯としては比較的迷わずに行けます。

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2017年12月12日 ARAKI-CHO  FOODS & DRINKS

四ツ谷にある行列必須のたいやき屋「わかば」。たい焼きの東京御三家と呼ばれています

たいやきに「御三家」があることをご存知でしたか。その御三家と呼ばれるたい焼き屋では、ある共通点があります。それはたい焼きの作り方です。今回は「天然物」と呼ばれるたい焼きを作り上げる御三家の1つ、四谷にある「たいやき わかば」を実際に食べてみた感想も交えながら、ご紹介します。

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2018年5月12日 FESTIVALS & EVENTS  SEASONAL

2018年 編集部おすすめの東京人気花火大会情報!

皆さん今年の花火大会はどこに行く予定ですか?
今回は私がおススメする東京・6箇所の花火大会情報をお伝えします!
私は今年こそは有料観覧席でのんびりと見ようかなぁ~と密かに計画しています。

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2017年12月12日 ARAKI-CHO  CULTURE

あの有名な怪談「お岩さん」の女性は、存在していた。でも実際には全然違うお話

於岩稲荷田宮神社、「おいわいなりたみやじんじゃ」と読みます。地下鉄丸ノ内線の四谷三丁目駅から徒歩5分ほどの場所にあるこの神社は日本では昔からよく知られているあるお話で有名な場所です。ご存知でしょうか。ここでは、そのよく知られているお話も交えながら、この神社についてご紹介します!

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2017年10月11日 ARAKI-CHO  CULTURE  TRAVEL DESTINATIONS

坂道に寺社、そして迷宮ばりの路地裏グルメスポット。見どころ満載の新宿・四谷をぶら歩き!『四谷荒木町と寺町』

四谷三丁目駅付近が見どころ満載なエリアなのを知ってますか?
迷路のように石畳の路地が入り組む通な大人のグルメスポット・荒木町や、約25もの寺社がひしめく四谷寺町エリアは、ぶらぶら歩きにもってこいの場所で、そこかしこで歴史と古い昭和の風情に出会えます。
秘密にしておきたいけどやっぱり教えたい!そんな不思議な魅力がつまったこのエリアを一緒にぶら歩きしましょう!

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2017年12月10日 ARAKI-CHO  CULTURE

「路地裏の名店」はこの街のためにある言葉。荒木町へ出かけてみよう

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「路地」は本来「道」の意味ではなかった 日本には「路地裏の名店」という言葉があります。「路地」はもともと「露地=覆いのない地面」という意味の言葉で、英語の「alley=庭園や公園にある小径」とほぼ同じ意味で使われていました。 ですが国土が狭い日本では、限られた土地を有効に使う慣習があり、古くは大名の屋敷くらいにしか、「庭園内の小径」など存在しませんでした。 土地いっぱいに建てられた庶民の家と家の間には「路地」並みの空間しかなかったことから、自然と「狭い道=路地」という認識ができてきたものと思われます。 「路地」は道であり、庭であり、庶民のコミュニケーションの場でもあった 「路地」は道であると同時に、庶民にとっては「庭」でもありました。「路地裏」とは「人目につかない路地」という意味であり、人と人との交流の場でもあったのです。今でもヨーロッパなどでは、こうした空間はよく見られます。 「路地裏の名店」という言葉が日本で定着しているのは、ただおいしい店なのではなく、その地域に根付いた文化に触れられる場所としても、行く価値がある店が路地裏には多いからでしょう。 大通りに面していないのですから、偶然見つけることは難しく、その地域に興味があってわざわざ訪れる人か、その地域の知り合いに連れて行かれた人でないとたどり着けない。でもたどりついた暁には、おいしい料理と、その土地の文化と人の温かさに触れられる、それが「路地裏の名店」なのです。 街自体が「路地裏の名店」で成り立っているといってもいい、荒木町 東京において「路地裏の名店」が多い地域としては、下町や、区画が入り組んでいる広尾、麻布などがあり、グルメガイドなどにもこうした地域の店がよく紹介されていますが、江戸時代からの路地の文化や雰囲気を残し、おいしい店が狭い範囲に数多く集まっている、という点では丸ノ内線四谷三丁目駅と津の守坂に挟まれた荒木町が群を抜いています。 ここは東京に住む人々にもあまり知られていない場所ではありますが、付近にマスメディア関連の大手企業が多かったこともあり、比較的余裕のある常連客で成り立ってきた歴史があります。 しかし近年、常連以外のお客さんも多く迎え入れよう、という動きを街全体で進めており、若い人や外国人にも入りやすい雰囲気に急速になりつつあります。 これだけジャンルが豊富な「路地裏の名店」が狭いエリアに集まっているのは貴重 荒木町の「路地裏の名店」の特徴はまずそのバラエティの豊かさ。花街時代から続く古い家屋で営業する少し高級な和食屋さんから、イタリアン、カフェ、ラーメン、洋食、うなぎ、バー、そして大衆居酒屋など、ありとあらゆるジャンルが揃っています。また、こうした街にはなくてはならない(?)スナック。いわゆるカラオケマシンと粋なママのいるところですね。こうした店は、ゴールデン街のようにそればかり集積しているエリアでもないと何軒ものきを連ねているところは少なくなりました。 荒木町一帯には、歩いて一周しても10分もかからないほど狭いエリアに、300軒ものこうした昭和の風情を感じさせるお店が集まっていることも特徴です。高低差のある路地は、昼間散歩していても楽しい場所。元の道は屋敷内の小径だったところが多いので、こじつけて言えば、本来の「路地」が原点の場所でもあります。 ぜひ、日の暮れる前からブラブラ付近を散策してから、お気に入りの店をみつけて飲み歩き、食べ歩きしてみてください。

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ARAKI-CHO  CULTURE

都心のど真ん中に奇跡的に残った「昭和」の風情と味を楽しむ

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画一化した時代と流行の背を向け続ける街~荒木町 懐古趣味、というのはいつの時代にもあるものですが、今の日本はさしづめ空前の「昭和ブーム」といえる時代でしょう。 現在の日本の年号が「平成」。その前の、第二次大戦を挟む63年間が「昭和」です。 IT時代の幕開けとともに昭和は終わりましたが(年号はその時代に即位している天皇の崩御=死去によって変わります)、情報が画一化し、ショッピングモールの増加など消費スタイルも世界共通になりつつある現在、その地域独特の人間臭さを残した昭和文化が懐かしまれて、あるいはその時代を知らない若い世代から憧れられています。 結果、「昭和」らしさを残した街や店が、日本人のみならず、飲食でも製品でも有名な日本ブランドしか知らない外国人にも人気となっているのです。 少し前まではこうした雰囲気は戦後の開発が遅れていた下町地域に多く残っていましたが、2011年の東京スカイツリー開業とともに、この地域は今、東京で一番「平成化」が進んでいる場所です。 逆に新宿という大繁華街の近くでありながら、開発から取り残されたまま「昭和」で時代が止まってしまっているような街が丸ノ内線四谷三丁目駅近くの荒木町です。 大名屋敷から花街、そしてマスコミ人の溜まり場へ 近世の江戸時代、ここには松平摂津守義行の広大な屋敷がありました。近代に入った明治以降は花街(芸者衆がいる繁華街)となり、屋敷の庭園や池が一般に開放され東京でも有名な景勝地として栄えます。 昭和の時代になると花街時代からの料理屋が軒を連ねる飲食店街となり、大手テレビ局、ラジオ局、出版社のスタッフといった比較的裕福な文化人が常連となって料理や酒などにこだわりのある名店揃いの街として一部で知られるようになります。時代が平成になっても、地形的要因からか大きな開発がないまま、当時の雰囲気を残した街並みが続いています。 地形のおかげ?大きな開発を免れて、時間を忘れて佇める空間が生きている 大きな開発がなかったのは、街全体が大きなすり鉢のような地形をしており、一部を除いて大通りへは階段を使わないとつながらないような場所だからです。 ここではただ目的のお店に行くだけでなく、昭和の雰囲気を残した街並みを散策する楽しみもあります。街全体が迷路のようになっていて、階段が多いことから、自動車もあまり入ってこない道が多く、すぐそばが新宿通りとは思えない落ち着いた風情です。 すり鉢のもっとも底にあたる場所には、津の守弁財天という神社があり、ここの池は松平摂津守の屋敷時代からあるものです。またこの周辺の柳の木や、この池から登る坂がみな石畳になっているところなどは、花街時代のものです。 石畳を登ったところにも神社と小さな公園があり、カフェなども周辺には数多くあり、ゆっくり流れる時間を楽しむことができる街です。

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2017年12月11日 ARAKI-CHO  CULTURE

近世江戸時代、近代明治時代以降、そして昭和の歴史の痕跡を巡る散歩

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江戸時代は荒木町全体が一人の大名の屋敷だった「車力門通り」はその時代からの名前 丸ノ内線四谷三丁目駅と津の守坂に挟まれた荒木町周辺は、この一帯すべてがかつては高須藩松平摂津守義行の屋敷があった場所です。 街全体がすり鉢のような地形をしており、周りを階段が囲んでいます。自動車で大通りへ続く道は限られていますが、全部が屋敷であったと思えばそれも納得です。 近代の明治以降になって庭園や池は一般に開放され、滝の流れる池の周りには料理屋が軒を連ねるようになり、芸者衆も行き交う花街になりました。 「車力門通り(=車力とは大八車もしくはそれを運ぶ人のことを言いますsharikimon=postern for large cart)」などの名前は、屋敷時代に荷車専用の道として整備されたものがそのまま残っていることを示しています。 すり鉢地形の一番底にあたる場所にある津の守弁財天という神社の脇の池は、屋敷時代からある池です。「松平」の名前の通り、摂津守は尾張徳川家の分家で、この池で徳川家康が馬の策(むち)を洗った、という言い伝えから「策の池」とも呼ばれます。(徳川家康は、1603年から280年もの間続いた幕府=政府の初代将軍=元首で、「松平」は家康の旧姓)ちなみに津の守弁財天、津の守坂の名前も、松平摂津守に由来します。 また、歴女(日本史好きの若い女性のこと。この10年ほど日本で大きなムーブメントになっており、日本史上著名な特定の人物を決めて熱心なファンになるのが特徴)にも人気の、会津藩最後の藩主で、戊辰戦争で白虎隊などを指揮するも敗北した悲劇の大名、松平容保もこの屋敷で生まれました。 江戸時代からの池がそのまま残っているのは都内でも貴重な例 今では滝もなく、当時よりだいぶ小さくはなりましたが、上野の不忍池のように保存を意識した政策や公営事業がないまま、江戸時代からの池が残っていること自体、珍しい例といえます。六本木ヒルズの毛利庭園のように、再生、復活させたのとも違い、江戸時代からずっとあるのでなおさらです。周辺の柳の木や坂に敷き詰められた石畳も、花街時代の風情を感じさせます。 戦後になると、周辺の大手テレビ局やラジオ局、出版社のスタッフなど文化人が常連となって、料理や酒にこだわりのある店が並ぶ、都内でも一級の飲食店街になりました。 中には花街時代を彷彿とさせる古い家屋で営業する店もあります。また、小さな路地が複雑に入り組んだ中になかなか見つけられないお店などもあって、驚いたことにそうした店ほど常連で賑わっています。 荒木町を訪れたら、ぜひこうした歴史の遺構も見つけながらブラブラ歩いて、夜になったらお気に入りの店をみつけて、店主とのコミュニケーションも楽しんでみるといいですね。

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ARAKI-CHO  CULTURE

すり鉢のように窪んだ地形を実感できる場所から、荒木町の歴史におもいを馳せる

東京は、高低差の多い街である(?) 日本の地図を見ると、東京のある関東平野は広大であり、より広い範囲に市街地が広がりやすかったことがよくわかります。ただ、平野といってもどこまでも平らな地形をしているわけではなく、四方から東京湾に向かって川が作った谷がたくさん伸びています。このため水の供給がしやすく、水運航路も多くあったことが、街を繁栄させることにも繋がったと考えられます。 川沿いの谷には集落が作られ、谷の上に伸びる尾根の部分は主に幹線道路になっていきました。現在では幹線道路は谷の部分に橋をかけてアップダウンをなくしているので、自動車で走っているとなかなか実感できませんが、東京は非常に高低差のある地形が多い街でもあるのです。 荒木町を例にすると、かつての尾根づたいに続く新宿通りに対して、北側を並行して走る靖国通りはかつての谷を走っており、南北に両者を結ぶ津の守坂が急坂になっています。 荒木町は、これらの道に挟まれた低い部分に位置します。東_西南を尾根に囲まれた、お椀のような地形です。 すり鉢地形には、知的階層に熱心なファンがいる こうした地形をすり鉢型といい、東京にはこの地形が多いことから「東京スリバチ学会」という、有識者や大学教授などで作られる愛好家団体も存在します。都市化が進んだ地域では、道路の高架化や、斜面に巨大な建造物を建てる際に高い側と低い側の入口の階数を変えることで、こうした高低差が見えにくくなっているので、あえてその痕跡を探し、その地形を作った原因や地形にまつわる歴史を調べて楽しもう、ということのようです。 この高低差が都心で存分に楽しめる場所として、荒木町は学会からも一目置かれています。江戸時代にはすり鉢全体、つまり現在の荒木町全体が松平摂津守義行という大名の屋敷でした。谷の部分にあった水を利用し大きな池と滝を作り、池を囲む巨大な庭園がありました。この池は決壊させると谷の部分を走る靖国通り水浸しにすることができ、江戸城に敵が攻めてきた場合に備えていた、という説もあります。 近代に入って屋敷は一般に開放され、庭園の景観を楽しむリゾート地となり、観光客を宛てにした飲食店が多く軒を連ね、この地域だけの芸者がいる、いわゆる花街に発展していったそうです。今でも現存する池の周りにある柳の木などは、花街時代のものと思われます。芸者衆が歩く道には柳の木、と相場が決まっていたからです。 第二次大戦後は近隣の大手テレビ局、ラジオ局、出版社に勤める知的富裕層が常連の飲み屋街になります。今ではテレビ局もラジオ局も移転してしまいましたが、平坦な土地でないためか、その後大規模商業施設などの開発もなく、当時の雰囲気を残した飲食店がまだ多く営業し、今では昔を懐かしむ大人や、その時代の雰囲気に憧れている若い人で賑わっています。 知る人ぞ知る、すり鉢地形を俯瞰できる穴場スポットからの眺めは雄大! 荒木町界隈を散策していると、新宿通りと外苑東通りにつながる道以外はほとんど階段で大きな道に繋がっています、街中、狭い道と階段ばかり。これがまず地形を実感できる場所です。 また、新宿通りではなく津の守坂から荒木町方面に入り、TadaimaJapan新宿旅館に向かって下る階段の上は、すり鉢全体を一番よく見渡せる場所として密かに知られています。 ここを下って新宿旅館と反対側に曲がってすぐ左に、滝はなくなって、規模も小さくなりましたが、かつて庭園にあった池があり、傍には津の守弁財天という小さな神社があります。 また、高低差とは関係ありませんが、荒木町の道のほとんどが松平摂津守の屋敷だった時代の道、もしくはその道の延長という形で残っている可能性が高く、江戸時代の雰囲気を想像しながら街をそぞろ歩くのも楽しいですね。

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2018年1月2日 ARAKI-CHO  CULTURE

「半蔵門」の名前とともに後世に語り継がれることとなった、忍者『服部半蔵』の槍が新宿『西念寺』にあった!

実は忍者ではない2代目服部半蔵正成が有名なのに、忍者の代名詞のように思われている服部半蔵 東京メトロの駅名にもなっている皇居、つまり元江戸城の「半蔵門」の名は、忍者の代表として今に知られる『服部半蔵』に由来します。服部半蔵の名は12代まで襲名されましたが、実は忍者としての服部半蔵は初代だけだそうです。徳川十六神将のひとりで、ドラマで活躍する『服部半蔵』として世間でよく知られている二代目『服部半蔵正成』は忍者ではなく、武士。忍術ではなく「槍の名手」として出世した戦国武将です。実際に出身地の伊賀の忍者を配下に多く抱えたことから、ドラマやマンガなどで忍者の大将として描かれることが多く、本人も忍者であるかのようなキャラクター化がされていったのです。 徳川家康は時の天下人・織田信長の非情な命令により、最愛の嫡男信康に切腹を言い渡します。家康の重臣だった服部半蔵正成は切腹した信康の介錯を命ぜられましたが果たせず、世の無常を感じ、信康の冥福を祈るために、仏門に入り、名を西念と称し、開山しました。 服部半蔵が徳川家康より拝受した槍が新宿『西念寺』に そんな槍の名手だった服部半蔵正成にゆかりのある西念寺は四ツ谷駅から10分ほど歩いた、新宿区とは思えないほど閑静な住宅街の一角にあります。 山門を入ると右側に本堂が建っています。 こちらが本堂です。 本堂の左横に客殿といわれる玄関があり本堂に繋っていました。 本堂に入ると、服部半蔵正成の槍がありました。穂先30㎝と矢尻150㎝は昭和20年の戦災で損壊していますが、それでも全長258㎝、重量約7,5㎏もあります。戦国時代の槍なので貴重な歴史遺産として、昭和63年に新宿区文化財に認定されています。通年公開していて、槍は無料で見学することができます。 また1945年(昭和20年)戦火で全焼失し、徳川家康によって千葉県夷隅郡大多喜町の支配人だった本田忠勝が築城した多喜城にある柱などの材木が1951年(昭和36年)再建される際に使われたそうです。 境内には1596年(永禄4年)に55歳で逝去した服部半蔵正成の墓と徳川信康の供養塔があります。その供養塔に信康の遺髪と爪が納められているそうです。 実は忍者ではない。と聞くと日本人だけでなく海外の方もちょっとがっかりされるかもしれませんが、それでも実際に武道をやられている外国人もよく訪れているそうで、服部半蔵正成が「槍の名手」としても、また「忍者」としても国内外の日本歴史ファンを魅了していることは間違いありません。アニメ「忍者ハットリくん」や2004年に香取慎吾主演で映画化もされ、大人から子供まで愛されています。 現代においても影響力がある服部半蔵が祭られている『西念寺』を訪れ、戦国時代の槍を見て、歴史ロマンを堪能してみてはいかがでしょうか。

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ARAKI-CHO  CULTURE

四谷では珍しい建造物、『本性寺』に徳川家康の守り神が?!

徳川家康が伊達政宗を恐れていた証『毘沙門天』 伊達政宗は戦国時代のルーキー。幼少期に病気にかかり右目を失明し眼帯で隠している容姿でご存知の方が多いでしょう。 1600年の関ヶ原の戦いで政宗は徳川率いる東軍に加担し、会津の上杉景勝を攻撃し東北を制覇しました。家康の勝利に貢献したのです。 ところが!家康は50万石ある上杉氏の領地のうち、4万石しか政宗に渡しませんでした。若き野心家であった正宗が大きな領地を持つことによって徳川に対抗しうる勢力になるのを危惧していたのでしょう。 その当時の家康の心境を語るものが四谷の本性寺に?! それはその時に江戸城内に安置され、のちに徳川家五代将軍綱吉の側室、瑞春院殿の発願により本性寺に寄贈された仏像です。高さ40cmほどの木像。戦いの神とされる毘沙門天です。 実は、この置かれた向きにも特別な意味がありました。仏教の四天王の一つで、北方の守護神である毘沙門天の多くは、北を背にして祀られます。しかしこの毘沙門天は反対に北に向けて安置されました。東北で当時もっとも勢力の強い伊達氏を警戒していたことから、徳川家が北の方角に向けて反乱を起こさぬように毘沙門天を祀ったと言われているそうです。 山門と毘沙門堂は釘を一本も使ってない?! 本性寺の山門と毘沙門堂は四谷では珍しく戦災に遭わなかった、とても貴重な歴史建造物です。 なんとこの二つの建物は釘を一本も使われない切組造りで総ケヤキ造りと言われています。 釘一本も使われず、戦災にも負けず残った毘沙門堂に徳川家康の守り神が今も祀られているなんてご利益あると思いませんか? 貴重な開門は「虎の日」 日本で最初に毘沙門天が現れて助けをしたのが「寅年、寅日、寅刻」だったことから、多くの毘沙門天は神使として寅が使われています。 この本性寺も月2,3回、寅の日に毘沙門堂を開堂しています。お経を唱えることで自分の心を向き合い、精神を養うことで毘沙門さまから功徳を受けることができるとのことです。また開運祈願会というのが毎月一日に15時から開かれ、どなたでも参加できるそうです。安穏な日々が送れるよう、徳川家康の守り神があるこの本性寺でご祈祷していただきませんか?

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2018年3月20日 ARAKI-CHO  FOODS & DRINKS

外国人記者と行く、荒木町夜更かし散歩① ~「赤身とホルモン焼のんき」の巻

どうも。フリー編集者のシゲです。今、呑んべえの間で密かに人気急上昇中の飲み屋街荒木町。自分、完全な下戸なんですが、昔勤めていた出版社の編集部がこの近くの坂町にあったこともあって、土地勘はあります。そんな私が、Tadaima Japan外国人記者として、このサイトの英語版に記事をあげてくれているスタッフとともに荒木町を形作っているお店たちを取材する企画です。
記念すべき第一回は、四谷消防署から外苑東通りをかつてのフジテレビの方面に向けて歩いたところにある「赤身とホルモン焼のんき」さんで肉三昧。

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2018年4月13日 ARAKI-CHO  CULTURE  FOODS & DRINKS

外国人記者と行く、荒木町夜更かし散歩 ④ ~「坊主バー」の巻

かつてこの近くの編集部に10年くらい勤務した経験から、土地勘だけはある私、フリー編集者のシゲが、Tadaima Japanの外国人記者と荒木町を散策するこの企画、前回に引き続き、フランス人のアメリと、今回は荒木町の中心も中心、車力門通りのクランクの角にある、話題の「坊主バー」に向かいます。

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2018年5月8日 ARAKI-CHO  CULTURE  FOODS & DRINKS

5月10日、新宿荒木町から大人気のYoutuberジョンのライブストリームが決定!

グルメタウン新宿荒木町に、NHK、TBSにも出演している大人気のYoutuberジョン・ドーブがやってきます! 5月10日(木)に「Only in Japan Go」チャンネルでライブで放送! 皆さんは、荒木町に行ったことがありますか? 新宿という大繁華街の近くにありながら、開発から取り残されたまま「昭和」で止まってしまっているような街。 かつては花街として栄えたここは、いまでも「路地裏の名店」が狭いエリアにひしめきあっています。 そんな面白い街でジョンが新たな魅力を発見するかも!? ライブ中は、直接ジョンさんに質問も出来るので、 ライブで見るのがおすすめですが、放送が終わってからでも、番組は見ることもできます。 ぜひチャンネル登録をお願いします! ●ライブストリームのタイムスケジュール 1) 午後1時ころ~ 荒木町の名物「とんかつ鈴新」を訪ねる YouTube ⇒ Tokyo’s Secret Gourmet Town | Arakicho, Shinjuku ※Tadaima Japanライターの記事はこちら Suzushin, a restaurant where you can enjoy a great Tonkatsu in a traditional setting and friendly atmosphere   2) 午後3時30分ころ~ 「Tadaima Japan新宿旅館」を訪問 YouTube ⇒ Tokyo’s Old Town Ryokan Stay Experience ※Tadaima Japanライターの記事はこちら One night at the Tadaima Japan Shinjuku Ryokan My stay at Tadaima Japan Shinjuku Ryokan   3) 午後5時ころ~ 大人気店「赤身とホルモン焼きのんき」でホルモン焼き体験 YouTube ⇒ Japanese Beef Yakiniku Restaurant Experience ※Tadaima Japanライターの記事はこちら Nonki, a famous restaurant where you can enjoy non-fatty Japanese beef and also try “Horumonyaki”, a little known Japanese delicacy   4) 夜8時ころ~ 「坊主バー」で説教体験!? YouTube ⇒ Shinjuku’s Buddhist […]

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