2018.04.13
- 外国人記者と行く、荒木町夜更かし散歩 ④ ~「坊主バー」の巻
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かつてこの近くの編集部に10年くらい勤務した経験から、土地勘だけはある私、フリー編集者のシゲが、Tadaima Japanの外国人記者と荒木町を散策するこの企画、前回に引き続き、フランス人のアメリと、今回は荒木町の中心も中心、車力門通りのクランクの角にある、話題の「坊主バー」に向かいます。
2018.01.02
- 四谷では珍しい建造物、『本性寺』に徳川家康の守り神が?!
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徳川家康が伊達政宗を恐れていた証『毘沙門天』
伊達政宗は戦国時代のルーキー。幼少期に病気にかかり右目を失明し眼帯で隠している容姿でご存知の方が多いでしょう。
1600年の関ヶ原の戦いで政宗は徳川率いる東軍に加担し、会津の上杉景勝を攻撃し東北を制覇しました。家康の勝利に貢献したのです。
ところが!家
2017.12.12
- あの有名な怪談「お岩さん」の女性は、存在していた。でも実際には全然違うお話
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於岩稲荷田宮神社、「おいわいなりたみやじんじゃ」と読みます。地下鉄丸ノ内線の四谷三丁目駅から徒歩5分ほどの場所にあるこの神社は日本では昔からよく知られているあるお話で有名な場所です。ご存知でしょうか。ここでは、そのよく知られているお話も交えながら、この神社についてご紹介します!
2017.12.11
- すり鉢のように窪んだ地形を実感できる場所から、荒木町の歴史におもいを馳せる
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東京は、高低差の多い街である(?)
日本の地図を見ると、東京のある関東平野は広大であり、より広い範囲に市街地が広がりやすかったことがよくわかります。ただ、平野といってもどこまでも平らな地形をしているわけではなく、四方から東京湾に向かって川が作った谷がたくさん伸びています。このため水の供給がしやすく
2017.12.11
- 近世江戸時代、近代明治時代以降、そして昭和の歴史の痕跡を巡る散歩
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江戸時代は荒木町全体が一人の大名の屋敷だった「車力門通り」はその時代からの名前
丸ノ内線四谷三丁目駅と津の守坂に挟まれた荒木町周辺は、この一帯すべてがかつては高須藩松平摂津守義行の屋敷があった場所です。
街全体がすり鉢のような地形をしており、周りを階段が囲んでいます。自動車で大通りへ続く道は限ら
2017.12.10
- 都心のど真ん中に奇跡的に残った「昭和」の風情と味を楽しむ
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画一化した時代と流行の背を向け続ける街~荒木町
懐古趣味、というのはいつの時代にもあるものですが、今の日本はさしづめ空前の「昭和ブーム」といえる時代でしょう。
現在の日本の年号が「平成」。その前の、第二次大戦を挟む63年間が「昭和」です。
IT時代の幕開けとともに昭和は終わりましたが(年号はそ
2017.12.10
- 「路地裏の名店」はこの街のためにある言葉。荒木町へ出かけてみよう
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「路地」は本来「道」の意味ではなかった
日本には「路地裏の名店」という言葉があります。「路地」はもともと「露地=覆いのない地面」という意味の言葉で、英語の「alley=庭園や公園にある小径」とほぼ同じ意味で使われていました。
ですが国土が狭い日本では、限られた土地を有効に使う慣習があり、古くは大
2017.04.14
- 日本特有の建築文化『鬼瓦』を奈良の寺院でみつけよう!工芸体験でミニ鬼瓦制作も!
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奈良の寺院を訪れると、屋根や門の棟端に、板状の鬼の顔をした鬼瓦が飾れていることに気がつきます。鬼瓦は日本特有の建築文化で、古い和式建築に使われます。
鬼面の鬼瓦は、なぜ日本で飾られるようになったのでしょうか?
寺院の多い奈良と瓦の関わり、鬼瓦の由来や背景を探ります。また、奈良の寺院のミニ鬼瓦をつ