【CONTENTS】
日本神話が舞台!太陽神から生まれた天穂日命
相撲の起源と初代横綱、野見宿禰命
埴輪のはじまり
奈良の菅原天満宮が菅原家発祥地

日本神話が舞台!太陽神から生まれた天穂日命
日本神話にでてくる女神、天照大神(あまてらすおおみかみ)と男神、須佐之男(すさのお)から生まれた神様です。
天上の神々の住む高天原(たかまがはら)を治めていた天照大神は出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)がおさめる国をみて、自分の子供がこの国を治めるべきだと思い天穂日命に、出雲の大国主神の国を譲るように交渉にいかせます。しかし天穂日命は大国主神になびき、報告もせず3年間、高天原に戻りませんでした。
大国主神は後に天照大神に出雲国を譲り、そのお礼に出雲大社を建ててもらい、天穂日命はその祭祀を司り仕えました。

撮影:Eckhard Pecher
相撲の起源と初代横綱、野見宿禰命
3世紀の初めの頃、大和の国(奈良県)に当麻蹶速(とうまのけはや)という力持ちの男がいました。力自慢を鼻にかけ、たいそういばっていました。それを聞いた垂仁天皇が「誰か彼と力合わせをすることのできるものはいないかと」問うたところ、「出雲の国(島根県)に野見宿禰命という力自慢の男がいる」とのことで、早速、この男を大和へ呼び寄せ、当麻蹶速と対戦させました。激しい戦いの末、野見は当麻に勝ち、当麻は死にました。その褒美として、野見は当麻のおさめていた土地を賜い、大和にとどまることとなりました。この戦いは相撲の元祖といわれ、野見宿禰命は初代横綱とされています。

埴輪のはじまり
やがて野見宿禰命は垂仁天皇に仕えるようになりました。ある日、天皇のお后の日葉酢姫命(すばすひめのみこと)が亡くなり埋葬されることとなりました。
この時代、権力者が亡くなるとたくさんの奴隷を古墳に生き埋めにして一緒に殉葬し、冥土への旅のおともをさせるという風習がありました。
野見宿禰命はこの風習へ異議を唱え、土でつくった人形を奴隷の代わりにするように天皇に進言しました。この案はただちに採決され、以後、殉葬は廃止されました。これが埴輪の始まりとされています。天皇は彼に埴輪造りのための土地を与え、土師の職に命じ、姓を土師臣(はじのおみ)に改めさせたといいます。

奈良の菅原天満宮が菅原家発祥地
道真の曾祖父、土師古人(はじのふるひと)は、道真と共に天皇に改姓を願い出て、”菅原”の姓を名乗るようになりました。これが奈良菅原町の菅原天満宮が、菅原姓発祥地といわれるいわれです。
古人は、学問にすぐれ遣唐使として唐(中国)へも派遣されています。菅原道真もまた、生前、その才気で異例の出世をしました。しかし貴族達の策略により左遷され非業の死をとげます。死後、怨霊を鎮めるため道真は祀られ、人々に学問の神様として親しまれるようになりました。梅の花(リンク:jp.tadaimajp.com/2016/06/bonsai_plums_nara/)は彼が愛した花として、知られています。
菅原天満宮から、歩いて100メートルほどしたところには、道真の産湯池とされる遺跡があります。道真の生誕地は、いくつかの説がありますが、日本神話から出雲を起源とした一族の歴史が、埴輪の誕生とともに奈良の地につながるのは面白いですね!
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〒631-0842奈良県奈良市菅原東町518番地