<四谷荒木町・今昔散歩 ~荒木町の重鎮が語るとっておき秘話~ ①津の守芸者華やかなりし頃>

フリー編集者のシゲです。今から30年ほど前から約10年間に渡って、雑誌責任者としてこの界隈のオフィスで働いておりました。下戸ですが猫好きなので、ノラ猫が多かったこの街には僕もよく出没していたのですが、今回はこの荒木町の生き字引とも言える重鎮、創業60年「とんかつ鈴新」の鈴木洋一さんに、僕も知らない街の歴史についてお話を伺いに行ってきました。まずは、粋な芸者衆の思い出から。


粋な芸者ととんかつ屋のお坊ちゃん

「とんかつ鈴新」さんといえば、荒木町車力門通りのクランクの角に位置する老舗であり、その場所からも荒木町のランドマークのお店です。当然鈴木さんも荒木町のお生まれかと思ったら、

「いや、僕は深川生まれなんですよ。昭和21年生まれ。ここには昭和33年に引っ越してきました。父がね、深川の時から飲食店をやっていまして。ここに移った時にとんかつのお店に特化したんですね。最初は今の店の向かいの、マンションになっている場所にあったんですが」

昭和33年は1958年なので、今年はちょうど荒木町で創業60年、やはり老舗には変わりありませんが、移られた当時の荒木町って、どんな街だったんでしょう?

「その頃はまだ芸者さんはいっぱいいてね、僕はお坊っちゃまだったから(笑)、店でテレビとか見てると、『坊や。お駄賃あげるよ』っておひねりもらうの。そういう記憶がありますね。着物着て、ひとお座敷終わってお客さんと来る時もあったし、一人で来る人もいたなあ。当時はこの辺にお店は今ほど多くなかったから、とんかつ屋で呑む、っていうのもあったんですよね」

最初に親しくなる母親以外の大人の女性が、『粋』を知る芸者さん、というのは、その後の人生に大きく影響を与えたことは想像に難くないですね。

「そこに屋敷の絵がありますが、荒木町のほとんどは江戸時代は美濃高須藩、ってとこの大名屋敷だったわけです。その後、今度は隣の錦絵がそうなんですが(屋敷跡が一般に開放された)明治以降、大きな池の周りに茶屋ができたり、船遊びする人なんかが来始めて、やがて花柳界が発生し、津の守芸者っていう、体を売らずに芸を売る、っていうプライドを持った芸者さんが誕生してね、僕が引っ越してきた頃も200人くらいはいたかな」

同じ花街でも、近代以降に誕生した場所の芸者さんは最初から芸一本、という人が多かったわけですね。

江戸時代の松平摂津守の屋敷内を描いた絵。実はこの絵はつい最近見つかったものだそうです
そしてこちらが明治5年に描かれた錦絵。池の周りには茶店が多く建ち、釣り船を浮かべる様子も描かれています

つい30年くらい前までいた津の守芸者たち

「最初は四谷近辺の瀬戸物屋とか酒屋とかが旦那衆だったらしいんですが、昭和の初め頃になると、鉄とか生糸とか扱う、赤坂の商社のような大店(おおだな)がお膝元になってくる。そのうち、そうしたお客さんたちの中で花柳界での遊び方の仕きたりをわかる人が減ってきて、そもそも一回何十万も払うなら銀座のクラブのほうが気楽でいいや、ってことになってね、昭和58年には花街が消滅してしまうんです」

え? ってことは30年ちょっと前まで花柳界はあったんですか?

「ありました」

見番も?

「もちろん。その写真、昔の見番じゃないかな」

見番とは、いろんな意味がありますが、花柳界では、芸者さんを派遣する取次所みたいな組織・施設のことを言います。芸者さんはそれぞれ、置屋(芸能人でいう事務所みたいなところ)に属し、芸者を呼ぶお店と置屋をつなぐ役割をしたのが見番です。

これらの写真はいつくらいの?

「昭和40年くらいですかね。もっと前は今の荒木公園の敷地いっぱい使っていたらしいんですが、その後うちのとんかつ屋のところ(現在のマンションのところ)に見番移して、さらにとんかつ屋の2階が最後の見番になったのは覚えていますよ」

昭和58年というと、荒木町の近くの坂町に僕の編集部が移転する直前でした。そんな直近まで花街があったとは全然知りませんでした。なんとも惜しい話です。

荒木町を颯爽と歩く津の守芸者たち。お座敷に急ぐんでしょうか。活き活きとした雰囲気が伝わっていて、写真としても相当クォリティの高いものと言えます。昭和40年頃とのこと
やはり昭和40年頃と思われる見番を写した写真
車力門通りのクランクにあたる部分。正面に現在の「鈴新」さんがあり、左に写っているマンションの場所がかつての見番の位置

「『大番』っていうね、獅子文六の小説があるんですけれども、その中に昭和の全盛期の津の守芸者がよく出てきますよ。映画やドラマになったと思います」

あとで調べてみたら、『大番』は昭和31年から2年間連載された小説で、実在の人物をモデルに、宇和島で生まれた田舎の青年が株の仕手としてのし上がっていくお話で、昭和37年のテレビドラマ版が渥美清の出世作として有名だそうです。主人公がたびたび芸者と豪遊したのが荒木町。

小説やドラマでも人気復活の荒木町

「あんなドラマも最近作られましたよ」

あのポスターですね?『新宿・荒木町コールドケース』

「佐々木譲さんの小説を題材にね、松重豊さんが主役で。面白かったですよ。撮影の時にはここのうちの事務所がスタッフルームになったんです」

荒木町全体でロケしたんですね?

「昔のシーンでは、今はここに芸者さんがいないので、向島でお座敷のシーンを撮ったりしてましたね」

『新宿・荒木町コールドケース』は佐々木譲の『特命捜査対策室』シリーズを原作としたTVドラマ『警視庁特命刑事☆二人』のうちの1話で、原案となった小説第1作、『地層捜査』は荒木町の地形や街並みが詳細に紹介され、その入り組んだ地形と歴史が迷宮入りの事件解決の鍵を握る、という内容。かつて荒木町が花街だった時代のシーンを、向島でロケした、ということでした。どうやら『地層』にはそのままの意味と、そこに眠る複雑な歴史の層、という意味合いも込められているようです。まさに荒木町にぴったりで、面白そうですね。

「実はあのポスターの絵も僕が描いたんです」

えー!? お上手ですね。

「監督さんから、石畳、階段、料亭、それと芸者さんを入れてください、って言われて。絵は少しづつやってます。あんまりうまくないけど」

いやいや、ご謙遜を。こちらのほうの絵は写生ですね?

「これは昔描いたもので、同じ場所を最近描いたんで、2枚並べて、四谷アートフェスティバルに出したいと思っています」

これが鈴木さんによるテレビ東京の番組ポスター。粋な感じが伝わる画風です
「鈴新」さんの店の前を出てすぐ左に見える風景を写生したもの
こちらが先ほどの絵の実際の風景

四谷アートフェスティバルは4月29日まで四谷3丁目ランプ坂ギャラリーというところで開催中です。

https://yotuyaa-tofesuta.p-kit.com

鈴木さんは元々多彩な人材が多いと言われるいわゆる団塊世代ですが、東京のど真ん中に生まれ育ち、荒木町のような個性豊かな街で人生を過ごされたことが、人生を豊かにする才能にもつながっていると実感します。

次回は荒木町がフジテレビと文化放送のスタッフで賑わった、昭和後期の荒木町時代の思い出について伺います。

<四谷荒木町・今昔散歩 ~荒木町の重鎮が語るとっておき秘話~ 2古き良きメディアの時代>

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Hours 11:30~13:00 17:00~20:30(L.O.20:00)
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