「半蔵門」の名前とともに後世に語り継がれることとなった、忍者『服部半蔵』の槍が新宿『西念寺』にあった!


実は忍者ではない2代目服部半蔵正成が有名なのに、忍者の代名詞のように思われている服部半蔵

東京メトロの駅名にもなっている皇居、つまり元江戸城の「半蔵門」の名は、忍者の代表として今に知られる『服部半蔵』に由来します。服部半蔵の名は12代まで襲名されましたが、実は忍者としての服部半蔵は初代だけだそうです。徳川十六神将のひとりで、ドラマで活躍する『服部半蔵』として世間でよく知られている二代目『服部半蔵正成』は忍者ではなく、武士。忍術ではなく「槍の名手」として出世した戦国武将です。実際に出身地の伊賀の忍者を配下に多く抱えたことから、ドラマやマンガなどで忍者の大将として描かれることが多く、本人も忍者であるかのようなキャラクター化がされていったのです。

徳川家康は時の天下人・織田信長の非情な命令により、最愛の嫡男信康に切腹を言い渡します。家康の重臣だった服部半蔵正成は切腹した信康の介錯を命ぜられましたが果たせず、世の無常を感じ、信康の冥福を祈るために、仏門に入り、名を西念と称し、開山しました。

服部半蔵が徳川家康より拝受した槍が新宿『西念寺』に

そんな槍の名手だった服部半蔵正成にゆかりのある西念寺は四ツ谷駅から10分ほど歩いた、新宿区とは思えないほど閑静な住宅街の一角にあります。


山門を入ると右側に本堂が建っています。


こちらが本堂です。


本堂の左横に客殿といわれる玄関があり本堂に繋っていました。
本堂に入ると、服部半蔵正成の槍がありました。穂先30㎝と矢尻150㎝は昭和20年の戦災で損壊していますが、それでも全長258㎝、重量約7,5㎏もあります。戦国時代の槍なので貴重な歴史遺産として、昭和63年に新宿区文化財に認定されています。通年公開していて、槍は無料で見学することができます。

また1945年(昭和20年)戦火で全焼失し、徳川家康によって千葉県夷隅郡大多喜町の支配人だった本田忠勝が築城した多喜城にある柱などの材木が1951年(昭和36年)再建される際に使われたそうです。

境内には1596年(永禄4年)に55歳で逝去した服部半蔵正成の墓と徳川信康の供養塔があります。その供養塔に信康の遺髪と爪が納められているそうです。

実は忍者ではない。と聞くと日本人だけでなく海外の方もちょっとがっかりされるかもしれませんが、それでも実際に武道をやられている外国人もよく訪れているそうで、服部半蔵正成が「槍の名手」としても、また「忍者」としても国内外の日本歴史ファンを魅了していることは間違いありません。アニメ「忍者ハットリくん」や2004年に香取慎吾主演で映画化もされ、大人から子供まで愛されています。
現代においても影響力がある服部半蔵が祭られている『西念寺』を訪れ、戦国時代の槍を見て、歴史ロマンを堪能してみてはいかがでしょうか。

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Tadaima Japan Editorial Team

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