徳川家康が伊達政宗を恐れていた証『毘沙門天』

伊達政宗は戦国時代のルーキー。幼少期に病気にかかり右目を失明し眼帯で隠している容姿でご存知の方が多いでしょう。
1600年の関ヶ原の戦いで政宗は徳川率いる東軍に加担し、会津の上杉景勝を攻撃し東北を制覇しました。家康の勝利に貢献したのです。
ところが!家康は50万石ある上杉氏の領地のうち、4万石しか政宗に渡しませんでした。若き野心家であった正宗が大きな領地を持つことによって徳川に対抗しうる勢力になるのを危惧していたのでしょう。

その当時の家康の心境を語るものが四谷の本性寺に?!

それはその時に江戸城内に安置され、のちに徳川家五代将軍綱吉の側室、瑞春院殿の発願により本性寺に寄贈された仏像です。高さ40cmほどの木像。戦いの神とされる毘沙門天です。
実は、この置かれた向きにも特別な意味がありました。仏教の四天王の一つで、北方の守護神である毘沙門天の多くは、北を背にして祀られます。しかしこの毘沙門天は反対に北に向けて安置されました。東北で当時もっとも勢力の強い伊達氏を警戒していたことから、徳川家が北の方角に向けて反乱を起こさぬように毘沙門天を祀ったと言われているそうです。

山門と毘沙門堂は釘を一本も使ってない?!

本性寺の山門と毘沙門堂は四谷では珍しく戦災に遭わなかった、とても貴重な歴史建造物です。
なんとこの二つの建物は釘を一本も使われない切組造りで総ケヤキ造りと言われています。
釘一本も使われず、戦災にも負けず残った毘沙門堂に徳川家康の守り神が今も祀られているなんてご利益あると思いませんか?

貴重な開門は「虎の日」

日本で最初に毘沙門天が現れて助けをしたのが「寅年、寅日、寅刻」だったことから、多くの毘沙門天は神使として寅が使われています。
この本性寺も月2,3回、寅の日に毘沙門堂を開堂しています。お経を唱えることで自分の心を向き合い、精神を養うことで毘沙門さまから功徳を受けることができるとのことです。また開運祈願会というのが毎月一日に15時から開かれ、どなたでも参加できるそうです。安穏な日々が送れるよう、徳川家康の守り神があるこの本性寺でご祈祷していただきませんか?

関連記事

AUTHOR

Tadaima Japan Editorial Team

Information

Address 東京都新宿区須賀町13-3
Hours 午前9時00分~午後5時00分
Price -3351
Close
Access JR総武線「信濃町駅」より徒歩7分
JR中央総武線・東京メトロ丸の内線「四ツ谷駅」より徒歩10分
東京メトロ丸の内線「四谷三丁目駅」より徒歩6分
Phone 03-3351-4877
Language 日本語
Website http://honshoji.com/