すり鉢のように窪んだ地形を実感できる場所から、荒木町の歴史におもいを馳せる


東京は、高低差の多い街である(?)

日本の地図を見ると、東京のある関東平野は広大であり、より広い範囲に市街地が広がりやすかったことがよくわかります。ただ、平野といってもどこまでも平らな地形をしているわけではなく、四方から東京湾に向かって川が作った谷がたくさん伸びています。このため水の供給がしやすく、水運航路も多くあったことが、街を繁栄させることにも繋がったと考えられます。

川沿いの谷には集落が作られ、谷の上に伸びる尾根の部分は主に幹線道路になっていきました。現在では幹線道路は谷の部分に橋をかけてアップダウンをなくしているので、自動車で走っているとなかなか実感できませんが、東京は非常に高低差のある地形が多い街でもあるのです。

荒木町を例にすると、かつての尾根づたいに続く新宿通りに対して、北側を並行して走る靖国通りはかつての谷を走っており、南北に両者を結ぶ津の守坂が急坂になっています。

荒木町は、これらの道に挟まれた低い部分に位置します。東_西南を尾根に囲まれた、お椀のような地形です。

すり鉢地形には、知的階層に熱心なファンがいる

こうした地形をすり鉢型といい、東京にはこの地形が多いことから「東京スリバチ学会」という、有識者や大学教授などで作られる愛好家団体も存在します。都市化が進んだ地域では、道路の高架化や、斜面に巨大な建造物を建てる際に高い側と低い側の入口の階数を変えることで、こうした高低差が見えにくくなっているので、あえてその痕跡を探し、その地形を作った原因や地形にまつわる歴史を調べて楽しもう、ということのようです。

この高低差が都心で存分に楽しめる場所として、荒木町は学会からも一目置かれています。江戸時代にはすり鉢全体、つまり現在の荒木町全体が松平摂津守義行という大名の屋敷でした。谷の部分にあった水を利用し大きな池と滝を作り、池を囲む巨大な庭園がありました。この池は決壊させると谷の部分を走る靖国通り水浸しにすることができ、江戸城に敵が攻めてきた場合に備えていた、という説もあります。

近代に入って屋敷は一般に開放され、庭園の景観を楽しむリゾート地となり、観光客を宛てにした飲食店が多く軒を連ね、この地域だけの芸者がいる、いわゆる花街に発展していったそうです。今でも現存する池の周りにある柳の木などは、花街時代のものと思われます。芸者衆が歩く道には柳の木、と相場が決まっていたからです。

第二次大戦後は近隣の大手テレビ局、ラジオ局、出版社に勤める知的富裕層が常連の飲み屋街になります。今ではテレビ局もラジオ局も移転してしまいましたが、平坦な土地でないためか、その後大規模商業施設などの開発もなく、当時の雰囲気を残した飲食店がまだ多く営業し、今では昔を懐かしむ大人や、その時代の雰囲気に憧れている若い人で賑わっています。

石階段

知る人ぞ知る、すり鉢地形を俯瞰できる穴場スポットからの眺めは雄大!

荒木町界隈を散策していると、新宿通りと外苑東通りにつながる道以外はほとんど階段で大きな道に繋がっています、街中、狭い道と階段ばかり。これがまず地形を実感できる場所です。

また、新宿通りではなく津の守坂から荒木町方面に入り、TadaimaJapan新宿旅館に向かって下る階段の上は、すり鉢全体を一番よく見渡せる場所として密かに知られています。

ここを下って新宿旅館と反対側に曲がってすぐ左に、滝はなくなって、規模も小さくなりましたが、かつて庭園にあった池があり、傍には津の守弁財天という小さな神社があります。

また、高低差とは関係ありませんが、荒木町の道のほとんどが松平摂津守の屋敷だった時代の道、もしくはその道の延長という形で残っている可能性が高く、江戸時代の雰囲気を想像しながら街をそぞろ歩くのも楽しいですね。

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Tadaima Japan Editorial Team

Information

Address 東京都新宿区荒木町
Access ・丸ノ内線四谷三丁目駅下車 徒歩5分 ・都営新宿線曙橋駅下車 徒歩10分