日本唯一の饅頭の社、奈良『林神社』で饅頭の歴史を再発見してみよう!

林神社(りんじんじゃ)は、1949年に饅頭の祖といわれる林 浄因(りん じょういん)を祀る神社として、漢國神社(かんごうじんじゃ)の一角に建立された、日本で唯一の饅頭の社です。
毎年、林浄因の命日の4月19日には、饅頭祭りが行われ、全国の菓子業界が饅頭を奉納し、菓子業界繁栄を祈願します。
漢國神社の宝物には江戸幕府を開いた武将、徳川家康が奉納した鎧があります。
饅頭の祖とされる林浄因とは、どのような人物だったのでしょうか?
そして、なぜ徳川家康は、鎧を奉納したのでしょうか?今回は、徳川家康と饅頭、林家の関わりについて迫ります!


【 目次 】

饅頭の発祥地、奈良

林神社
林神社

餡の入った饅頭といえば、日本人に最も身近に親しまれている和菓子ですが、日本で初めて餡子の入った饅頭を作った人が誰だか知っていますか?
1349年に中国から来日した林浄因は、奈良に住まいを構え、主に寺院を対象に、日本で初めての餡入りの饅頭を作り売り出しました。林浄因は、現在の漢國神社の前に住んでいたといいます。
これが、林浄因が饅頭の祖といわれ、奈良が饅頭の発祥地とされる所以です。漢國神社の入り口の鳥居の前には、「饅頭の祖神 林神社」の石碑が立っています。

石碑:饅頭の祖神 林神社
石碑:饅頭の祖神 林神社

お饅頭の神様、林浄因

林浄因は、中国淅江省の人で、京都建仁寺の龍山徳見禅師が、中国で僧の修行をしている時に俗弟子になりました。修行を終えた師の帰国に伴い、1349年に日本にやって来ました。

京都 建仁寺
京都 建仁寺

林浄因は、中国の肉入りの饅頭(マントウ)を元に、肉食が許されない僧侶のために、小豆の甘い餡を肉に見立て、白い皮に包んで饅頭を作りました。
林浄因が来日する以前にも、日本には小麦粉を蒸して十字に切れ込みを入れた「十字」、野菜を餡に見立てた菜饅頭などがありましたが、小豆餡を中身にした饅頭は画期的なものでした。
当時の禅宗寺院は、宗教学問の場としてだけでなく、上流階級の社交場としても機能していました。林浄因の作る奈良饅頭は、師の龍山徳見禅師から上流階級に伝わり大好評を博しました。後村上天皇に饅頭を献上するととても喜び、林浄因は天皇から宮女を賜りました。

紅白饅頭の始まり、ここにあり!饅頭塚

紅白饅頭 (Photo by: kagawa_ymg)
紅白饅頭 (Photo by: kagawa_ymg)

日本では、お嫁入りやお祝い事に、紅白の饅頭を配る風習があります。この風習、実は林浄因にルーツがあります。
後村上天皇から賜った宮女と結婚する際、林浄因は結婚式で紅白の饅頭を配りました。これが、紅白饅頭の風習の由来だといわれます。
林神社の傍らには、饅頭塚と呼ばれる塚があります。ここに、林浄因が結婚式の時に、子孫繁栄を願って一組の紅白饅頭を、饅頭のような丸い石の下に埋めたといいます。これが、饅頭塚です。

饅頭塚
饅頭塚

林神社は、饅頭の神様をお祀りするだけあって他にも、社殿の左右には、重ね饅頭と思われる石物が配置されています。

饅頭石像
饅頭石像

大好きな饅頭で戦勝祈願!徳川家康も愛した饅頭屋、塩瀬

徳川家康像
徳川家康像

林浄因の子孫は、饅頭屋を引き継ぎ、奈良と京都に分かれて営業を継続しました。奈良の林家は質屋に転業し、京都の林家は1467年の戦乱から一時愛知県に逃れますが、名字を塩瀬に改め、京都で再び饅頭屋を営みました。

戦いにあけくれた戦国時代を平定し、江戸幕府を開いた徳川家康も、塩瀬のお饅頭を愛好したことで知られています。
徳川家康と塩瀬の関わりは、1575年に7代目林宗二(はやし そうじ)が戦への出陣の際、「本饅頭」を献上した頃から始まります。大粒の小豆を薄い皮で包んで蒸し上げた本饅頭は、林宗二の創案した饅頭です。家康は、本饅頭を兜に盛り、軍神に供えて勝利を祈願しました。そのため、本饅頭は兜饅頭とも呼ばれます。

お菓子で除災招福!嘉祥の儀(かじょうのぎ)

林神社_9

家康が、饅頭で戦勝祈願をしたのには理由があります。
家康が生きていた時代、旧暦の6月16日に除災招福のためにお菓子を食べる嘉祥の儀(かじょうのぎ)という行事がありました。当時の通貨、嘉祥通宝の「嘉通(かつ)」を「勝つ(かつ)」にかけて、この日に招福のため縁起をかついで嘉祥通宝16枚でお菓子を買い求めることが、将軍家や武士たちの間に広まりました。この時代、お菓子は除災招福と戦勝をつなぐ存在だったのです。

徳川家康の伝説と鎧

神楽殿の鎧
神楽殿の鎧

境内の神楽殿には、塩瀬のお饅頭を愛好していた徳川家康が奉納したという鎧のレプリカが飾られています。本物の鎧は奈良国立博物館に保管されています。
神社には、1614年大阪冬の陣で、大敗した家康が、境内の桶屋の桶に隠れ、追っ手に見つかる事なく、九死に一生を得たという伝説があります。家康は、感謝の意をこめて漢國神社へ参拝し、鎧を奉納したといいます。

家康がその後、戦国時代(1467/1493〜1590)を平定して開いた江戸幕府(1603〜1868)では、6月16日に城内の大広間に約2万個の菓子をならべ配る、「嘉祥頂戴(かじょうちょうだい)」という儀式が盛大にとり行われ、塩瀬も開幕と共に江戸に移り、幕府御用達を勤めました。

今も日本人に愛される塩瀬の饅頭と和菓子

餡子入り饅頭(Photo by: vaboo.com)
餡子入り饅頭(Photo by: vaboo.com)
和菓子
和菓子

6月16日の嘉祥の儀は明治時代(1868〜1912)に廃れてしまいましたが、1979年に全国和菓子協会により、和菓子の日と制定されました。
林浄因の流れをくむ塩瀬は、現在も本店を東京に構え、660余年の伝統の味を今に伝えています。家康が、兜に盛り戦勝祈願した本饅頭(兜饅頭)も、購入することができます。

御菓子老舗 塩瀬総本家(本店)

  • 住所:東京都中央区明石町7-14
  • 営業時間:9:00am-7:00pm
  • 定休日:日曜・祝日
  • 電話番号:03-3541-0776
  • ウェブサイトhttps://www.shiose.co.jp

林神社は東大寺や春日大社のようには知られていませんが、近鉄奈良駅からも近く、日本人とお饅頭、そして和菓子との関わりを考えるには、興味深い神社です。

漢國神社入り口
漢國神社入り口

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kyoami

kyoami

Writer/ Translator

民具や生活道具、伝統工芸、日本のアンティーク好き。生活の中で生まれた日本人独自のセンスや技術、その背景にある宗教観や由来をさぐります。

Information

Address 奈良県奈良市漢國町6
Hours 6:00〜18:00
Price .
Close .
Access 近鉄奈良線「奈良駅」から徒歩5分
JR「奈良駅」から徒歩10分
Phone 0742-22-0612
Website http://www.kangou-jinja.jp/