圧巻の大きさ!『東大寺の大仏』に会いに奈良へ行こう!

東大寺は奈良時代(710~794)に聖武天皇が、仏教の教えと国を守るために建てた、1200年以上の歴史のあるお寺です。大仏様は「生きとし生きるものが共に栄えること」を願い、造立されました。東大寺は華厳宗の総本山として知られています。1998年には、古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産登録されました。

2017-01-17   DESTINATIONS, 奈良,

大仏


【 目次 】

東大寺大仏殿
東大寺大仏殿

東大寺と大仏様はどうして造られたの?

7〜8世紀、中国では唐が栄え、遣唐使を通じて日本との友好的な国際交流とともに、帰化僧による仏教盛典の翻訳も盛んに行われました。
728年、時の天皇、聖武天皇の子供が1歳に満たず亡くなり、その子の供養のために建てた金鐘寺(こんしゅじ)というお寺が、東大寺の前身と言われています。
この時代は、貴族と僧の権力争い•伝染病の流行•かんばつなどが相次ぎました。聖武天皇は、国に起きる災害は治世している者の政治が悪いことに対する罰であると考え、大きな仏様を建立し、その力にすがり、国を守ってもらおうと考えました。

盧遮那仏像(るしゃなぶつぞう)
盧遮那仏像(るしゃなぶつぞう)

大仏様の大きさと正式名称とは!?鼻の穴の柱をくぐってみよう!

大仏殿は、創建から2度にわたり焼失し、鎌倉時代(1185頃〜1333年)と江戸時代(1603〜1868年)に再建されました。
大仏様は正式には「盧遮那仏像(るしゃなぶつぞう)」といいます。盧遮那仏(るしゃなぶつ)は、宇宙の真理を体得した釈迦如来の別名で、世界を照らす仏、光り輝く仏の意味があります。左手は宇宙の知恵を、右手は慈悲を表しながら、人々が思いやりの心でつながり、絆を深めることを願っています。その大きさは、蓮華座から頭のてっぺんまで約18m、手のひらは、約2.56mもあります。

鼻の穴の柱
鼻の穴の柱

大仏殿には、大仏さんの鼻の穴と同じ大きさの柱の穴があります。この柱の穴をくぐり抜けると無病息災のご利益があると言われています。穴の大きさは約30cm×37cmです。
元々は、鬼門にある柱に邪気を逃すために穴をあけたのですが、いつからか、くぐるとご利益があると信じられるようになり、現在に至っています。

みどころは、大仏だけじゃない!迫力の四天王と慈悲深い菩薩像

大仏様の向かって左側には、虚空蔵菩薩坐像(こくうぞうぼさつぞう)が、右側には如意輪観音菩薩像(にょいりんかんのんぼさつ)が控えています。

虚空蔵菩薩坐像(こくうぞうぼさつぞう)
虚空蔵菩薩坐像(こくうぞうぼさつぞう)
如意輪観音菩薩像(にょいりんかんのんぼさつ)
如意輪観音菩薩像(にょいりんかんのんぼさつ)

更に、その背景には仏法の守護神と言われる四天王のうちの2鬼神が配置されています。左奥の像が、広目天立像(こうもくてんぞう)、右奥が多聞天立像(たもんてんぞう)です。

広目天立像(こうもくてんぞう)
広目天立像(こうもくてんぞう)
多聞天立像(たもんてんぞう)
多聞天立像(たもんてんぞう)

どちらも、勇ましい顔立ちの中にも凛とした清々しさがあります。
大仏様だけでなく、こちらの4像もすばらしい彫刻で、このお寺のハイライトの一つです。

南大門
南大門

鎌倉時代を代表する仏師集団の代表作!迫力の金剛力士像

南大門は、表参道を歩いて大仏殿に入る前にある大きな門です。鎌倉時代(1185頃〜1333年)に焼け落ちた門を重源という僧侶が中国の宋の技術者を採用し、大仏様式という宋代中国の南方地方の建築様式をとりいれた様式で再建しました。大仏様式は巨大建築に向いた様式で、天井を貼らず、屋根裏がむきだしになっており、そのぶん内部空間が広々と感じられるのが特徴です。

南大門

門を見上げてみると吹き抜けの構造になっているのが分かります。
左右には、高さ約8.4mの金剛力士像が配置されています。金剛力士像は、鎌倉時代を代表する奈良の仏師、運慶•快慶らにより造られました。運慶が属した仏師集団は慶派と呼ばれ、興福寺を拠点に活動をしていました。いくつかの木材をはぎあわせて仕上げる寄木造りと呼ばれる方法を用いて、仏師たちの手で約2ヵ月で造立したというから驚きです。

金剛力士像 阿形
金剛力士像 阿形
金剛力士像 吽形
金剛力士像 吽形

宋風石像物の代表格!日本石仏彫刻界に革命をもたらした伊行末 (い ぎょうまつ)

金剛力士像の後ろには、石獅子が置かれています。

石獅子
石獅子

重源により招聘された 宋の寧波出身の石工、 伊行末(い ぎょうまつ)の作で、日本を代表する宋風石像物の代表格と言われています。渡来当時、日本の石に慣れていなかったのか、中国から石材を取り寄せ、制作されました。
宋の石工の渡来により、これまでの石彫技術では難しかった硬質の花崗岩を彫刻することが可能になり、日本での石仏の一般化・庶民化が進みました。伊行末とその一派が、後の花崗岩による石仏彫刻の時代を作ったといわれています。

国籍なんて関係ない!コラボレーションが生んだ、新しい技術の流れと大仏像

東大寺は、日本人だけでなく国籍を超え、さまざまな文化背景を持つ人たちがお互いに心を一つにして、時代を超えてその建立と再建に携わった場所です。
造立当時は百済(朝鮮)からの渡来人を祖父に持つ国中公麻呂が大仏鋳造•大仏殿建築の総責任者をつとめ、重源が焼失した大仏を再建した際にも、陳和卿を中心に宋から技術者を招聘し鋳造にあたらせました。この地に招聘された技術者らが日本の技術者たちへ影響をあたえ、新しい技術の流れを生み出しました。大仏様式もこうしたコラボレーションから生まれたのです。
南大門の石獅子の意匠や造形をよく見てください。日本の寺院にいる獅子とは異なる風貌をしているのに気がつくと思います。そういった視点から、大仏様だけでなく、建築や造形を見てみるのも面白いと思います。
奈良に来たら、ぜひ奈良の大仏に会いに来てください!

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kyoami

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民具や生活道具、伝統工芸、日本のアンティーク好き。生活の中で生まれた日本人独自のセンスや技術、その背景にある宗教観や由来をさぐります。

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