『紫』で見る日本の文化

【 目次 】「紫」それは高貴の色紫による政治的イメージ戦略「紫」それは高貴の色 その昔日本では、紫という色が本当に貴重でした。今から1400年前の奈良時代に紫色の服を着ることができたのは一部の高級官僚と天皇家だけでした。それもそのはず、紫という色を衣服につけるには紫草の根を採取し色素を抽出していくのですが、栽培が困難な上染色にも手間がかかったため、古くは大変高価なものだったとされています。それが、高貴な色として民衆に広まったのは、西暦604年に日本で初めて設けられた役人の階級制度である冠位十二階からでした。また、この頃から日本では仏教が受容され始め、高い徳を持つ僧には紫衣が許されるようになると同時に彼らのような特権階級以外に対して紫衣は決して着用することを許さない、禁色とされるようになりました。 紫による政治的イメージ戦略 平安時代に入ると、「紫」という色から藤の花が連想されるようになります。平安時代も中頃に入るとそれまで、官僚の一つだった藤原氏が頭角を現してきて摂関政治を始め、「藤」原氏=紫=高貴のイメージが定着します。これと同じように江戸時代にも徳川家=葵=高貴の連想が流行ります。 現在でも能楽の演目の中で天皇や神様の役の装束には紫や白を用いることが多く、江戸紫のような紫(青紫)やコスモスの花のような(赤紫)色であっても紫系の装束を他の役者が使うことはあまりありません。是非舞台に足を運んで、注目してみて下さい。

  CULTURE,

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【 目次 】

The Japanese Beautyberry
ムラサキシキブ
Wisteria trellis
藤棚

「紫」それは高貴の色

その昔日本では、紫という色が本当に貴重でした。今から1400年前の奈良時代に紫色の服を着ることができたのは一部の高級官僚と天皇家だけでした。それもそのはず、紫という色を衣服につけるには紫草の根を採取し色素を抽出していくのですが、栽培が困難な上染色にも手間がかかったため、古くは大変高価なものだったとされています。それが、高貴な色として民衆に広まったのは、西暦604年に日本で初めて設けられた役人の階級制度である冠位十二階からでした。また、この頃から日本では仏教が受容され始め、高い徳を持つ僧には紫衣が許されるようになると同時に彼らのような特権階級以外に対して紫衣は決して着用することを許さない、禁色とされるようになりました。

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Sumiyoshi Myojin’s costume for the Noh performance, “Takasago”
能「高砂」の住吉明神役の衣装colour, japanese culture, color, noh, kabuki

紫による政治的イメージ戦略

平安時代に入ると、「紫」という色から藤の花が連想されるようになります。平安時代も中頃に入るとそれまで、官僚の一つだった藤原氏が頭角を現してきて摂関政治を始め、「藤」原氏=紫=高貴のイメージが定着します。これと同じように江戸時代にも徳川家=葵=高貴の連想が流行ります。
現在でも能楽の演目の中で天皇や神様の役の装束には紫や白を用いることが多く、江戸紫のような紫(青紫)やコスモスの花のような(赤紫)色であっても紫系の装束を他の役者が使うことはあまりありません。是非舞台に足を運んで、注目してみて下さい。

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miki iwai

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日本の文化が大好きで日本各地の温泉や伝統芸能、神社の儀礼祭祀をみるために旅行する傍ら能楽・書道・作歌(和歌を詠む)を嗜んでいます。皆さんに私の文章を通して、日本にしかない素敵な文化をお伝えしていけたら嬉しいです。よろしくお願い致します。